- この記事で学べること
- 銀行の収益源(利ざや・手数料・トレーディング)の全体像
- NIM、業務粗利益(OperatingRevenues)の読み方とドライバー
- 純資産(NetAssets)とCET1資本、RWAの関係
- 信用コスト、NPL比率、引当カバレッジの実務的な見方
- コスト対業務粗利益比率(Cost-to-Income)と生産性の評価
- 流動性規制(LCR・NSFR)と金利感応度(デュレーション・ギャップ)の要点
- 銀行株のPBR、ROE、配当の持続可能性を統合した評価
- 概念の説明
銀行のビジネスは、預金を集めて貸し出しや証券投資に回し、その利ざやと手数料で稼ぐモデルです。製造業のように在庫を仕入れて売る構造ではなく、貸出金と有価証券が“売上の源泉”であり、資金調達は主に預金です。したがって、金利水準やイールドカーブ、信用スプレッドが損益に直結します。
会計面では“売上高”に対応する指標として、銀行では業務粗利益(OperatingRevenues)が使われます。これは利息収支(NII)と非金利収支(NIR:手数料・トレーディング等)の合計で、銀行のコアな稼ぐ力を示します。純資産(NetAssets)は自己資本の厚みを表し、規制資本(CET1)とリスクアセット(RWA)により安全性が評価されます。
さらに、与信の健全性を見るために不良債権比率(NPL比率)や貸倒引当金のカバレッジ、収益効率を測るコスト対業務粗利益比率(Cost-to-Income)が重視されます。流動性面ではLCRとNSFRがストレス下での資金繰り耐性を示します。
- なぜ重要なのか
銀行の収益は金利と信用のサイクルに強く影響されます。景気が悪化して貸倒が増えると信用コストが膨らみ、たとえ利ざやが確保できても純利益が圧迫されます。逆に金利上昇局面では貸出金利の再設定が進みNIMが改善しやすい一方、含み損(保有債券の価格下落)や市場部門のボラティリティ増加といった逆風も生じます。
また、銀行は規制産業です。CET1やLCRなどの規制指標が一定水準を下回ると、配当や自己株買いの余地が制約されます。したがって、投資家は“どれだけ稼げるか”だけでなく“どれだけ安全に、持続的に還元できるか”を同時に見極める必要があります。
製造業のPL・BSの見方をそのまま銀行に当てはめると誤解が生じます。銀行では業務粗利益、NIM、信用コスト、規制資本の4点セットが中核です。
- 計算方法
NIM = 純金利収入(利息収入 - 利息支払) / 生産性資産平均残高
生産性資産には貸出金や利息生み資産が含まれます。平均残高は期首と期末の平均で近似します。
OperatingRevenues = 純金利収入(NII) + 非金利収入(NIR)
非金利収入は手数料、投資信託販売、為替、トレーディングなど。
- コスト対業務粗利益比率(Cost-to-Income)
Cost-to-Income = 経費 / OperatingRevenues
値が低いほど効率的。60%台なら健全、80%超は改善余地大といった目安が使われます。
CET1比率 = CET1資本 / RWA(リスク加重資産)
リスクの高い資産ほどRWAが大きくなり、同じ資産規模でも比率が変わります。
NPL比率 = 不良債権残高 / 総貸出金残高
カバレッジ比率 = 貸倒引当金 + 担保評価額 / NPL残高
LCR = 高品質流動資産(HQLA) / 30日純資金流出額
NSFR = 安定調達額 / 安定運用額
ROE ≒ NIM × 生産性資産回転 × レバレッジ ×(1 - コスト率) - 信用コスト影響
厳密ではありませんが、NIM・コスト効率・信用コスト・レバレッジの掛け算で捉える視点が役立ちます。
- 具体例・ケーススタディ
ケースA:地方銀行の金利正常化メリット
- 前提:平均貸出金5兆円、利回り1.0%→1.3%へ再設定。預金5.5兆円、預金金利0.02%→0.05%。生産性資産平均残高4.8兆円。
- 純金利収入の増分
増収 ≒(貸出金利回り上昇0.3% × 5兆円) -(預金金利上昇0.03% × 5.5兆円) = 150億円 - 16.5億円 ≒ 133.5億円
NIM_new = 既存NIM + 133.5億円 / 4.8兆円 ≒ 既存NIM + 0.028%
- 含意:NIMはわずかな改善でも金額インパクトが大きい。固定費が高い銀行ではCost-to-Incomeの改善に直結します。
ケースB:信用コスト上振れの影響
- 前提:OperatingRevenues 2,000億円、経費1,200億円(Cost-to-Income = 60%)、平常時信用コスト200億円、当期は景気悪化で400億円に拡大。
- 税前利益(簡略)
税前利益 ≒ OperatingRevenues - 経費 - 信用コスト = 2,000 - 1,200 - 400 = 400億円
平常時は600億円だったため、信用コストの+200億円で税前が▲200億円。NIMが同じでも利益は大きく振れる点に注意。
ケースC:資本政策とPBR
- 前提:NetAssets 1.5兆円、CET1比率12%、RWA 10兆円、自己株買い2,000億円を検討。
- 自己株買い後のCET1(単純化)
新CET1 ≒ 既存CET1 - 2,000億円、 新CET1比率 =(既存CET1 - 2,000) / RWA
規制最低水準や内部ターゲットを下回らないかを要確認。余剰資本が十分ならPBRの上昇圧力(資本効率改善)につながりやすい。
金利上昇は常に銀行に追い風とは限りません。保有債券の含み損拡大や、預金のベータ(金利の転嫁度合い)が高いとNIM改善が限定的になる場合があります。
- 実践的な活用法
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利ざやドライバーの特定
決算では貸出金利回り、預金ベータ、有価証券利回り、NIMブリッジ(前期比増減要因)を確認。貸出の再設定スピードが預金のリプライシングより速いかを見ます。
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収益の“質”を見る
OperatingRevenuesの内訳で、安定的なNIIと景気敏感なNIRのバランスを把握。手数料依存が高すぎる場合、市場環境の変動でボラティリティが高くなる可能性。
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コスト効率の改善余地
Cost-to-Incomeのトレンドと、店舗統廃合・デジタル化投資の効果を追跡。60%を切る持続性が見えれば収益のレバレッジが働きます。
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資本余力と還元余地
CET1比率を内部目標と照合。ストレス時のRWA増(格下げで増える)も試算し、配当・自己株買いの持続可能性を評価。PBRが1倍近辺なら、余剰資本の還元はバリュー解消のカタリストになりやすい。
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信用リスクの健全性
NPL比率とカバレッジの組み合わせで“質”を判定。NPLが横ばいでもカバレッジが低下していれば先行き警戒。セグメント別(不動産、中小企業、海外)の動向も要チェック。
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流動性・金利感応度
LCRとNSFRが規制水準を十分に上回っているか確認。デュレーション・ギャップがプラスに偏りすぎると金利上昇で評価損が膨らむため、ヘッジ方針(IRS等)の開示も読む価値があります。
- よくある誤解
- 金利が上がれば必ず銀行の利益は増える:預金ベータの上昇や債券の評価損で相殺されることがあります。
- PBRが1倍を割れば無条件に割安:規制資本や信用コストの将来増分で資本が削られる可能性を無視できません。
- OperatingRevenuesが増えれば安心:信用コストや市場損失で最終利益が大きくブレます。
- CET1比率が高ければ高いほど良い:過剰資本は資本効率を悪化させ、ROE低下や過小評価につながる場合があります。
- 手数料収入が多いほど安定:一部は市況敏感で、逆に変動要因になることがあります。
- まとめ
- 銀行では“業務粗利益(OperatingRevenues)”が売上に相当し、NIMと非金利収入が柱です。
- 安全性はCET1とRWA、健全性はNPLとカバレッジ、効率はCost-to-Incomeで把握します。
- 金利・信用・規制の三位一体で収益と配当余力が決まります。
- ケーススタディのように、わずかなNIM改善でも金額インパクトは大きい一方、信用コストの上振れは利益を急減させます。
- LCR・NSFRやデュレーション・ギャップで流動性と金利リスク耐性を確認します。
- PBRやROEを見る際は、資本政策と余剰資本の有無をセットで評価します。
実務では、決算資料の“増減要因分析(ブリッジ)”と“規制指標の推移”を継続的にトラッキングすることで、サイクルの早期変化を掴みやすくなります。
OperatingRevenues: 銀行の業務粗利益。純金利収入(NII)と非金利収入(NIR)の合計で、銀行の“売上”に相当。
NetAssets: 貸借対照表上の純資産。自己資本の厚みを示し、配当余力や資本政策の基礎となる。
NIM: Net Interest Margin。利ざやの指標で、純金利収入を生産性資産平均残高で割ったもの。
CET1: 普通株等ティア1資本。最も質の高い規制資本で、自己資本のコア部分。
RWA: Risk-Weighted Assets。リスクに応じて重み付けした資産額。規制比率の分母。
NPL比率: 不良債権の総貸出金に対する比率。低いほど健全。
カバレッジ比率: 貸倒引当金と担保でNPLをどれだけカバーしているかの比率。
Cost-to-Income: 経費を業務粗利益で割った効率指標。低いほど効率的。
LCR: Liquidity Coverage Ratio。30日間のストレスに耐えるための高品質流動資産の比率。
NSFR: Net Stable Funding Ratio。1年超の安定調達で長期運用を賄えているかの比率。
デュレーション・ギャップ: 資産と負債の金利感応度の差。プラスなら金利上昇に弱く、マイナスなら金利低下に弱い。